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エッセイ

とある男が臭気判定士になってからのつぶやきー第14回ー

臭気判定士をもっと皆さんに知ってほしいということから、臭気判定士会の理事の一人の方が10年近く書き続けたエッセイをご本人の許可をいただき、紹介していきます。
臭気判定士ってどんな人?これから臭気判定士になってみたいと思う方にも、身近に感じていただけるのでは?と思いますが。

とある男が臭気判定士になってからのつぶやきー第14回ー

『臭気判定士』ってのは……知らないと思うけど国家資格者なんだ。超地味な資格だけどね。
仕事? 当然「ニオイを嗅ぐこと」他になにがあると思う?
嗅ぐのはほとんど悪臭だけど、たまに女性の髪を嗅いだり……足を(ゴホン
まあ、一般のヒトが知らない『におい・匂い・臭い』世界のことをちょっと語るから。ヒマなら読んでくれ。
 

第14話「発酵だ酸、脂の芳香」

 そう言えば、タレ漬け込みで作るチャーシューは旧日本海軍のレシピだって聞いたことがあります。ツボ焼きよりはるかに大量生産に向いた作り方ですよね。

 その作り方をマスターした元海軍の厨房員だった人たちが戦後に屋台のラーメンを始めて、煮込みチャーシューより手間と燃料も節約できる漬け込み法がスタンダードになったとか。

 いや屋台の方は私の想像ですけど、海軍の漬け込みチャーシューレシピは確かに存在したそうです。

 北海道じゃ『華味スープ』って麒麟の絵が描かれた缶入り濃縮ラーメンスープが昔から売られていましてね、最初は醤油味だけだったのが、そのうち味噌味と塩味も出ました。でもトンコツは作っていないらしいです。

 たぶん溶いた時の風味再現が難しいのと、昔ほど家でラーメン作らなくなったからじゃないですかね?

 そりゃあ、トンコツ煮出す時の悪臭なんて最悪レベルですよ。アンモニアと低級脂肪酸とイオウ化合物が出まくりですから。家系だってセントラルキッチンからスープ届けてもらっている店は全然臭くないです。

 はい。名物オヤジがいた吉村家に行ったこと、ありますよ。昔は清掃工場に納入する設備のメーカーに勤めていたこともありましたから。新杉田からシーサイドラインに乗って○○重工業の金沢工場へね……行く度に図面にイチャモン付けられまくって、本当にもう胃が痛くなりました。

 と言うわけで、次はトンコツじゃないけど低級脂肪酸のニオイ嗅いでみてください。やれやれ、やっと本題に戻ったぞ。

 基準臭の『C』です、最初のひと嗅ぎだけはちょっと強いかも知れません。はい正解です、納豆のニオイ。イソキッソーサンって言う低級脂肪酸物質、イソがカタカナで、吉祥寺の吉に草の酸と書きます。

 何でそんな変な名前か? カノコソウって植物から最初に抽出されたからだそうです、そのカノコソウの和名が『吉草』だから。沈静作用がある漢方で、確か命の母Aにも使われています……いやカノコソウが磯に生えるからじゃなくて、イソってのは化学用語で異性体のことです。

 そのイソ吉草酸は凄い薄い濃度でもニオイを感じますので、非常にやっかいな臭気です。同じ脂肪酸の種類でプロピオン酸とかノルマル酪酸なんて物質もありまして、これはタクアンやチーズに似たニオイです。

 どうです? 納豆のニオイはマルですかバツですか? バツ? まあそうでしょうね。本物の納豆だって『もの凄く良いニオイ』ってわけじゃありません、納豆って食品はこんなニオイがするものだって認識があるから平気で食べる。

 発酵食品だしタンパク質に繊維質だし体にいいし……と言ってもね、ダイエットで納豆ばっかり食べてると大変なことになるそうですよ。

 毎食豆腐一丁と納豆の3個パックって食事を続けていたら、あるときから下痢と嘔吐と腹痛が止まらなくなった人がいたそうです。病院に行ったら腸内細菌が納豆菌にやられて全滅していて、腸が機能不全を起していたらしいです。完全に納豆中毒症ですね。

 胃酸でも腸液でも納豆菌は死なないらしくて、恐ろしく強力ですね。そんなモノだから、発酵製品を作るところでは納豆菌を持ち込まれるのを怖がります。麹を扱う酒や醤油の醸造工程なんて、納豆菌を持ち込まれたらアウトだそうです。ほぼ不死身だから根絶が大変。

 最近は関西向けにニオイの少ない納豆を作って向こうでも売れているそうですから、あっちでも納豆菌汚染が拡散したりして。昔は『とろりとした酒 とろ何とか』って伏見の銘柄がありましたが、ヌルッとした酒は勘弁願いたいですね。



 同じ国の中でもイソ吉草酸に対してはそんな違いがある状態ですから、人種が違ったらもう歴然です。日本ではどっちかと言えば納豆臭は悪いニオイですよね。でもイヌイットの人たちにとっては『内臓が発酵し始めた美味そうなニオイ』だそうです。

 彼らは生肉を貯蔵して常食していましたから、動物の内臓部分がその内容物や分泌物でもって発酵を起こして納豆臭をだすことが多いそうです。で、彼らはそんな状態の内臓を美味と感じるし、発酵によってビタミンが増えますから良いものなんです。だから美味い内臓のニオイは良いニオイなんですね。

 そう言えば。トナカイだかアザラシの腹の中にウミツバメを押しこんで土に埋めて発酵させて、その半分ドロドロになったウミツバメの内臓をチュルッと吸って食べるイヌイットのごちそうがあるそうですが、さぞ凄いニオイでしょうね。え? 私だって食べたくありませんけど、ホントにある食品ですよ。

 発酵食品は何で体にいいのか? いやそれは逆です。日本人の体が発酵食品を食べるようにできているんです。平安時代にはもう野菜をただ塩漬けにして保存するのではなくて、酒粕漬けやもろみ漬けにしています。

 確か建礼門院様が平家滅亡の後に隠棲していたときに、里の人が差し入れてくれた漬け物をすごく気に入って『紫葉漬け』って名前を付けたそうです。ええ、『しば漬け』。スーパーでパックに入っているのは調味液の味ですけど、本物は乳酸発酵して凄く酸っぱいですよ。

 建礼門院様の命名は伝説ですけど、その頃から漬けられていたのだったら西暦千二百年代です。だからもう、千年近く日本人は発酵食品を食べ続けていることになります。

 食事の西洋化なんて戦後の、まだ百年も経ってませんよね。そんな短い時間で人間の体は変わりません、だいたい日本じゃ百年程度は『ついこの間』って国だし。

 だから日本人は積極的に発酵食品を食べないといけない。栄養学的にも米より味噌が重要だって言われていますからね、塩分どーのこーので味噌汁を食べなくなったのが一番悪いんじゃないのかな?



 つづく